庭園にかかる橋
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東久留米ってどんな街?

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1.歴史 縄文土器のまち。

◉原始時代から多くの人がすんでいました

約3万年前の旧石器時代に始まり、市内には100を超える旧石器、縄文時代の遺跡があります(小山台、下里本邑、新山など)。

なかでも自由学園南遺跡には関東でも最大規模の集落がありました。

イノシシの形をした獣面付土器が出土するなど、祖先の人々にとって大変暮らしやすい地域だったのですね。

◉久留米のもとになった8つの村

江戸時代には、久留米には門前・神山・落合・小山・南沢・前沢・下里・柳窪という8つのがありました。江戸の町の野菜供給地として栄えました。

明治時代になり、これらの村が合併して、久留米村が誕生。現在の東久留米市に至っています。

2.地勢 湧水のまち。

◉川がいたるところで流れています

黒目川、落合川、立野川などいくつもの河川が流れています。都内では珍しい川に育まれたまちです。

透明な清流は、訪れる人に格好のウォーキングコースであり、落合川の憩いの水辺など川遊びの場もあります。

また、カワセミホトケドジョウなど清流に生息する動植物も豊富です。

◉湧水の宝庫です

川の源流がほとんど市内から湧きだしているのも特徴です。

代表的な南沢湧水群(平成の名水百選)をはじめ、南沢緑地竹林公園黒目川天神社前など市内の湧水スポットがいくつもあります。

3.産業 農家から個性的なお店まで、働くことが身近なまち。

東京の中心から西北西20㎞にあるこのまちでは、住む場所と仕事が寄り添っている、そんな風景が結構あります。

 

道を歩いていると、市民が気軽に購入できる農家の庭先販売や、小さいけれど個性的なお店や、実力派の職人さんの工場があったりします。

少し目を凝らす必要があるけれど、このまちの産業には人々の生活が、時間が、ゆるやかに流れています。

4.暮らし 穏やかな生活の香りのするまち。

約11万5千人の人々が生活するこのまちは、かつて帰る場所=「ホーム」を求める人々が住むことで、日本で一番人口が多い『町』になりました。

その後、次の世代が生まれ育つとともに、久留米町も市となり、一緒に育ってきました。

かつての大規模団地の住民は高齢化しましたが、元気なお年寄りが多数活躍しています。一方、2014年には東京都で最も出生率が高い区市となりました。若い子育て世代にも優しいまちです。

このまちは武蔵野の緑に囲まれ落ち着いた、穏やかな生活を過ごす市民にとっての「ふるさと」です。

5.未来 世代を超えてつながりをつくるまち。

このまちは、東京のイメージと少し違った、緑にあふれるまちです。

そこに住む人々は、地元の農産物を時には味わい、豊かな水辺を散策したり、ゆっくりとした時の流れの中で、「久留米の暮らし」を楽しんでいます。

同じ時代に同じまちに暮らす私たち市民は、世代や職業や出身国などを超えてさまざまな場で出会い、語らい、つながっています。

多くの市民団体が、趣味や、生きがいを求めて熱心な活動を続けています。

くるくるチャンネルは、つながりを求める市民、「地域で何かしたい!」と思う市民の思いに応えるお手伝いをしています。

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